人を大切にする経営学講義

本の紹介。

法政大学教授、坂本光司氏の経営哲学が詰まった良書。

坂本先生は国内外で講演されていて、僕は毎年のように話を聴く機会を得るよう努めている。

本書の内容の多くは、一度は聴いたことがあるものだが、今回、そのエッセンスが体系的に一冊の本にまとまったことは嬉しい限りだ。

 

先生の話に説得力があるのは、まず豊富な調査・実態に基づいている点だ。現場主義を掲げる先生は、過去訪問した会社は国内外合わせて約8000社!実名こそ出てこないが、良し悪しいろんな会社事例が紹介されている(講演を何度か聴いていると、どの会社のことかはおおよそ推測できる)。

そしてもう1つ、先生の話は泥臭くも、常に「本質」をついている点だ。

 

先生が唱える経営学は、世間のそれとはまるで真逆だったりする。明快にはっきり話す様は、ある意味爽快ですらある。

例えば「会社は誰のものか?」という問いに対して、経営学を少しでもかじったことがある人は「株主など出資者のもの」と異口同音に答えるだろう。でも先生に言わせれば、会社とは「社会的公器」、すなわち社会皆のものとなる。会社も地域あってこそ成り立つのだ。 

初めて聴く人は、きっと目から鱗の連続だろう。以前、講演後に「仰っていることは分かるが、そんなことをしていては経営が成り立たないのでは?」と質問した参加者がいたが、案の定一喝されていた(笑)

 

 

タイトルにある「人を大切にする経営」とは、「社員第一主義」「五方良し」の考え方が原点であり、次の順位でその幸せを実現することにある。講演では必ずといっていいほど出てくる。

①社員とその家族

②社外社員(取引先)とその家族

③現在顧客と未来顧客

④地域住民や社会的弱者

⑤出資者、関係機関

 

④については、障害者を直接雇用することが難しい中小零細企業は、”間接雇用”(障害者雇用を積極的に進めている企業からものを仕入れたり購入する)という方法もある。(この点もよく講演で話をされるが、本書では触れられておらず残念)

一般の経営学においては、企業にとって最も重要なステークホルダーは株主などの⑤となるが、先生の経営学は真逆だ。会社の組織図も社長を頂点としたピラミッドではなく、それを逆さまにすることでいろいろと見えてくるものがあるという。

 

 

赤字を垂れ流しにしている企業や、業績が悪い理由を外的要因に求め、言い訳ばかりする経営者を厳しく非難する。なぜなら、どんなに不況のときでも業績を伸ばしている企業が、大企業・中小企業問わず約2割あるからだ。

 

中小企業が経営に行き詰る原因として、例えば次のことを指摘している。

・多くの中小企業は、企業がもつべき3つの機能(①創造機能・研究開発機能 ②生産・調達機能 ③直接販売機能)のうち1つしか持ち合わせていないこと。

・大企業がやらない、やりたくない面倒なビジネスこそ中小企業が担うべきなのに、それを嫌がる中小企業が圧倒的に多いこと。

・約7割の企業が構造的不況企業(例えば全面的な下請け体質)になっていること。

 

経営者としては耳が痛いかもしれないが、見方を変えれば、中小企業が生き残るための極めて重要な要素とも言える。

 

逆に、明らかに(他者を犠牲にした上で)儲け過ぎている企業へも忠告している。社員の給与や取引先の仕入れ価格を過度に抑えてまでの利益捻出は正しくないのだ。

我々は、利益は高ければ高いほどいいと思いがちだが、そのような考え方や判断は、実は本質を見誤ったり、その裏にあるものを見落としたりする恐れがある。利益にも適正利益があるのだ。

 

結局、業績というのは、経営者の考え方・リーダーシップにつきると断言している。

今まで、それなりに多くの中小企業や経営者を見てきた僕も全く同感だ。結局は全て経営者次第なのだ。

 

 

そんな経営者が果たすべき役割は、次の5つという。

①方向の明示

②決断

③社員のやる気を高める

④自身が最も働く

⑤後継者の育成

 

先生が発起人である「日本で一番大切にしたい会社大賞」にも選ばれたことがある、本県の優良企業「沢根スプリング㈱」へ視察訪問に伺った際にも、同社社長が同じ話をされていたのを思い出す。

 

 

どんなに公共事業の追加投資をしたり、公定歩合を引き下げても日本経済がパッとしないのは、需要不足でなく「有効供給不足」にその原因があるという。

景気回復には、消費者ニーズの変化(物欲から質欲・個性化・多様化)に答えるべく「小さな商品の連続開発による市場創造」というイノベーションが必要で、それこそ中小企業が得意とする分野なのだ。

しかし中小企業の多くは下請け気質が抜けず、自ら技術革新の主体者になろうとする気迫に欠ける。このままでは、日本経済は永遠に低成長のままだと危惧する。

 

先生の経済論は初見だったが、非常に興味深いもので、今の政府や日銀に聞かせたいくらいの鋭く的確な指摘だと思う。

 

 

昨今、業績でなく人に軸足を置いた経営論や、そのような経営をしている会社が注目されている。本書でも少し触れているが、「いい会社」だけを扱う投資信託も出てきた。人を大切にすることと業績との間に相関関係があることに、経営者や世間がようやく気づき始めたのだと思う。

とは言っても、まだ確信が持てなかったり、具体的にどうしたらよいのか分からない経営者も多いのではないか。そんな経営者には、是非一度、坂本先生の講演を聴くことや本書を勧めたい。

 

本書は読むほどに、今までの自分の認識がいかにずれていたか気づきを与えてくれ、同時に視座を高くさせる。意識の高い人ほどその効果は大きいだろう。

ずっと手元に置いて何度も読み返したくなる(読み返すべき)一冊であり、大げさに言えばバイブル的な一冊になるかもしれない。

ちなみに、僕は本書をクライアントへ順次プレゼントしている。


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