◆人材マネジメント

Vol.60 リーダーとして押さえておきたいモチベーション理論①~達成動機と課題の与え方

 

人間にはいくつかの欲求がありますが、その中に「達成欲求(達成動機)」というものが

あります。アメリカの心理学者マレーは、「達成動機とは、難しいことを成し遂げること。

できるだけ迅速に人手を借りずにすること。他者との競争に勝つこと。才能を有効に用い

て自尊心を高めること」等と説明しています。

 

達成動機の強さを測定するための質問項目として、マレーは次の10項目を挙げています。

これらの項目が当てはまるほど、達成動機が強いことになります。

.絶えず努力している

.人生において大きな業績を残すことが何より大切なことだと思う

.仕事上で大きな成果を出したときに気持ちの平安と自信が得られる

.無理な計画を立て、その達成に向けて努力するほうだ

.将来を夢みるよりも、目の前の仕事に全力を傾けるほうだ

.切羽詰まってくると、自分の仕事に集中するあまり、他人への配慮がおろそかになり

がちになる

.価値ある仕事をうまく成し遂げたときに、初めて心から安らぐことができる

.何かにつけて競争心を刺激される方だ

.何かにつけて納得のいく結果が得られるまで頑張り続けるほうだ

10.仕事も遊びと同じように楽しい

 

達成動機の強い人は、成功確率が0.3~0.5の間に収まるような中程度の困難度を伴う仕

事に取り組むことを好みます。

容易には達成できないが、必死に頑張ればうまくいくかもしれないという状況でこそワク

ワクできるからです。これは、多くの研究者の実験により明らかにされています。

 

達成動機の弱い人は、成功確率が0に近い極めて困難な課題か、1に近い著しく容易な課

題に取り組むことを好みます。

誰にもできそうもない困難な課題であれば、自分ができなくても傷つくことはなく、でき

なくて当然と気軽に取り組めます。逆に誰でもできそうな課題であれば、自分も確実にで

きるだろうと抵抗なく取り組めます。

 

ここから言えるのは、モチベーションマネジメントにおいては、達成動機の強い人と弱い

人では方法を変える必要があるということです。

 

部下のモチベーションを上げ、仕事の生産性を上げるには、達成動機の強い人には成功確

率5割程度の課題を与えるのが望ましく、一方、達成動機の弱い人には、失敗しないよう

に配慮しつつ、本人の実力で十分こなせる容易な課題を与えることが重要になります。

 

今回のまとめです。

・人には達成動機という欲求があるが、人によりその欲求の強さが異なる。

・達成動機の強い部下には、達成確率が5割程度の課題を与え、達成動機の弱い部下には、

容易にこなせる課題を与えることが重要。


Vol.59  論語とそろばん~渋沢栄一の経営者育成

 

先日、渋沢栄一についての講義を聴く機会がありました。

講師は、静岡県立大学の落合康裕准教授。主にファミリービジネスについて研究されてい

て、渋沢栄一については5年ほど前から研究されているようです。

私は、恥ずかしながら”新1万円札の人”くらいしかほとんど認識が無かったのですが、

噂どおり日本の資本主義経済の礎を築いた凄いイノベーターであったことが分かりました。

今回は、その時の内容をご紹介したいと思います。

 

まずは、江戸から昭和まで4つの時代を生きた渋沢のキャリアを簡単にご紹介します。

幼少時代:家の商業活動に才を発揮。常に学問に触れる。

幕臣時代:徳川慶喜(一橋家)に仕える。フランス渡航の経験を活かし、日本で最初の株 

式会社「静岡商法会所」を設立。

官僚時代:大隈重信に説得され、明治政府の民部省改正掛長(各省の調整役みたいなもの)

に抜擢。銀行制度や郵便制度、鉄道などさまざまな制度設計をする。

実業家時代:第一国立銀行(現在のみずほ銀行)や大阪紡績(現在の東洋紡績)、東京海

上保険会社(現在の東京海上日動)など約500社の設立に関与する。

 

当時は「経営者」という概念すらなかったわけですが、企業経営には当然、経営者は必要 

です。

そこで渋沢は、主に次のことを通じて「企業家」(経営者など経営に取り組む人、起業家

も含む)を育成することに尽力しました。

・商工会や銀行などを設立し、企業家が活動しやすい経済インフラを整備した。

・出資や人脈をフル活用し、企業家の協働や活動を促進した。

・社員から叩き上げ、企業家を発掘し育成した。

 

渋沢は、当時の財閥にみられた世襲や独占を非常に嫌い、ガバナンスや競争の原理を企業 

経営に持ちこみました。 

それは、渋沢は「論語とそろばん」(商業活動にも倫理観や節度が大切であるという考え 

方)を大切にしていたこと、日本の経済・資本主義の真の発展を願っていたことがうかが

い知れます。

 

500社の設立に関与したという話には、会社の設立人や投資家として渋沢の名前がある 

と外部からの信用が全然違ったようで、実はそういった裏事情があったようです。

とは言え、資本提供だけではこれだけの信用は得られなかったはずで、渋沢の人間性や人

格というものが推し量られます。

 

更に、投資や人脈を提供するだけして終わりではなかったようです。 

直接経営者と会って、面談したり報告させたり、或いは自ら車を飛ばして経営実態を把握

しに行ったといいます。生涯、現場主義者だったのです。

 

昨今、多くの企業の最たる経営課題に人手不足が挙げられますが、それは労働者だけに限 

ったことではなく、経営者も然りです。後継者不在で、事業承継がうまくいかず倒産する

ケースが増えています。

渋沢栄一の経営者育成のマインドや手法は、今の時代も大いに参考になるのではないでし

ょうか。


Vol.58  いい会社インタビュー報告~道頓堀ホテル

 

先日、仕事で大阪に行ったのですが、宿泊先は迷うことなくあるホテルを選びました。

それは「道頓堀ホテル」さん。当ホテルは、(過去にこのメルマガで何度か取り上げてい

る)「日本で一番大切にしたい会社大賞」を昨年受賞しています。(受賞企業は社員満足

度がすこぶる高く、本当に素晴らしい会社ばかりです)

私は単なる宿泊客でしたので、会社視察とはいきませんでしたが、一か八かでスタッフの

方に失礼ながら“突撃インタビュー”を試み、見事?いろいろな話を伺うことができました

ので、今回はその内容を箇条書きでご紹介したいと思います。

 

・経営理念は明確で「外国人の方に日本文化とおもてなしを体験してもらい、日本を好き

 になってもらうこと」。この理念に共感した人材が集まっていて、理念は常に社員の頭

 に入っている。

・1人採用するにも面接は4回実施。最初は理念を伝え、2回目は一緒に働きたいか本人・

 社員が確認し、3回目は専務が面接し、4回目は1日働いて体験してもらう。それで本

 人が納得すれば晴れて採用に至る。

・入社時を含め、年3回の社員同士の合宿がある。人間関係を築くことで「ファミリー経

 営」を実現している。

・互いに「ありがとうカード」や「誕生日カード」を渡し、感謝の意を伝えている。皆自

 然にできている。

・「改善提案制度」があり、提出するとポイントが溜まる。

・ありがとうカードや誕生日カード、改善提案について、多く出した人に年1回、会社か

 らちょっとしたお小遣いが出る。

・退職する人は、結婚などやむを得ない理由がある人だけで、それ以外の理由で退職する

 人はいない。

・毎日の稼働率や経営利益などの数字が、常に社員にオープンにされている。

・現場のコストや運営は社員たちに任されているが、ノルマのようなものはない。他方、

 会社全体の経営については経営陣が考えるため、社員は安心して仕事に集中できる。

・有休はいつでも取れる体制になっている。

・毎朝、ホテル周辺の清掃活動をしている。

・社員1人につき年間20万円の予算が渡され、各自で自由にイベントを企画し予算を使

 える。誰かのアイデアでも皆で共有し、皆が主体的になって活動する。(例 宿泊客へ

 の着付けやお手製ラーメンの無料サービス)

・福利厚生も充実していて、語学の勉強のための「語学手当」(実費の7割)や書籍代、

 スポーツジム(同5割)などの費用を会社が負担してくれる。毎月の飲み会やBBQな

 どイベントも多くある。

・面談は月1回やっている。

・表彰制度があり、表彰される対象がたくさんある。評価制度はあるが、それぞれのカテ

 ゴリーごとに評価が高った人が表彰される。

・毎年昇給するが、評価を給与に紐づけることはしておらず、給与に差はつけない。

・社員同士皆仲が良く、プライベートでもよく会ったり遊んだりしている。

・毎年社員意識調査をしていて、その結果は公開される。毎年満足度が高い。

 

【所感】

御多分に漏れず、当ホテルも「いい会社」の共通項(明確な理念・互いに感謝の意を伝え

ている・社員が主体となる活動がある等)を全て満たしている印象でした。さすが大賞を

受賞しただけはあります。

特に驚いたのは、4回にわたる採用面接。理念に対するこだわりが伝わってきますし、何

よりミスマッチによる離職を防止する効果があるのでしょう。

現場運営や1人20万円までの企画予算など、社員が主体的に考え行動できる仕組みがあ

り、それがモチベーションにつながっていると思いました。

評価については、多くの企業は最終の「合計点」で判断しますが、当ホテルのように、そ

れぞれの分野ごとに評価・表彰する方法は非常に参考になるのではないでしょうか。給与

は評価と連動していませんが、社員満足度は高いという現実。考えさせられます。

いろいろと根掘り葉掘り聞いてしまったにもかかわらず、嫌な顔一つせず丁寧に答えてい

ただいたフロントスタッフの対応も素晴らしかったです。


Vol.57  哲学をマネジメントに活かす③~アドラー心理「嫌われる勇気」の岸見一郎氏講演

 

皆さんは「嫌われる勇気」というビジネス書をご存知でしょうか。アドラー心理学を紹介

した本で、ベストセラーとなりました。

つい先日、この本の筆者であり哲学者の岸見一郎氏が来静し講演されました。今回は、そ

のときの講演内容を簡潔に箇条書きでご紹介したいと思います。講演テーマは「成功では

なく、幸福について語ろう」です。

 

・最近は「成功=幸福」とみなす傾向がある。成功とは一般的なもの、量的なもの、条件

 付きのもの(例えば試験に合格する)で、幸福とはオリジナルなもの、質的なもの。

・もう既に我々は幸福であること(幸福は進歩するものではないこと)に気付くべきであ

 る。

・対人関係は悩みの源泉だが、人と関わらないと幸せになれない。

・嫌われる勇気を読んだ韓国の青年から、自殺をとどまったというメールが届いた。本を

 出して、届くべき人に届いて良かったと思っている。

・アドラーは、人は人から認められたいと思うと緊張が高まると言っている。周囲から期

 待されることに対して、裏切ることはつらいが、むしろ期待に反する行動をとる勇気を

 もつことが大切。

・子は親の期待に応えられないと、親の気を引こうと非行に走るか、心の病になることが

 ある。特別良くなる必要もないし、特別悪くなる必要もない。普通でよいことを伝えて

 あげることが大切。

・勉強するしないは子の課題である。子が勉強をしなくても困るのは自分自身であり、親

 はそれを伝える。

・しかると「自分は価値がない」と思ってしまう。アドラーは、しかること・感情的にな

 ること・怒り・私憤は一切いらないと言っている。

・アドラーは、ほめる必要もないとも言っている。例えば、親が子と出かけ、子が外出先

 で1時間おとなしく待てた場合、親は「よく我慢できたね」と褒めるが、子は嬉しいと

 は思わない。なぜなら、子は元来待てるからだ(子がぐずるのは、親が困ることを知っ

 ているから)。このとき親は、自分が子の「上」に立っていて、対人関係が「上下」と

 なっている。

・自分の価値を受け入れることが大切だ。自分に価値があると思えるときだけ、人は勇気

 をもてる。そのためには、まずは短所を長所として見ること。例えば、集中力がない人

 は「散漫力(いろんなアイデアが浮かぶ能力)」があるということ。飽きっぽい人は

 「(やめるという)決断力」があるということ。暗い人・病んでいる人は「やさしい」

 「配慮できる」ということ。

・「ありがとう」と言うこと。ありがとうと言われる→人の役に立っている→自分には価

 値がある→勇気をもてる。先ほどの親と子の例でも、「よく我慢できたね」ではなく

 「ありがとう」と言うことが大切。

・相手の行動ではなく、存在に注目する。今は「成功=生産性」といった風潮が強いため、

 何か成果を上げないと価値が無いと見られがちだ。そうではなく、人は生きているだけ

 で価値があり、生きているだけで他者に貢献している。例えば、自分の大切な人が病で

 倒れた場合、「生きてさえすれば」と祈る。病院に行って無事であることを確認すれば、

 それだけで安堵する。

・今を生きることが大切だ。過去はもうないし、未来は手放そう。そうすれば、不安を捨

 て前向きに生きられる。存在するのは今だけだ。

・人生はさすらいの旅。成功を考える人は目的を定めるが、そのために効率を考える。人

 生は違う。人生はダンスをするのと同じ。ダンスをする(今を生きる)のに○○に行こ

 う(目的を定めよう)という人はいない。

 

私は、岸見氏の話を「実行できていること」「実行できていないこと」「まだまだ理解に

達していないこと(自分が未熟なこと)」の3つに分類しながら聴いていました。

部下育成では、一般的に褒めることを推奨する話はよく聞きますが、アドラー的にはNG

のようです。

皆さんはいかが感じましたか。


Vol.56  哲学をマネジメントに活かす②~企業の不祥事は責任転嫁から?

 

前回に引き続き、組織マネジメントで参考になりそうな哲学を取り上げます。

今回は、後を絶たない企業の不祥事・不正についてです。昨年だけを振り返ってみても、

こんなことがありました。

・日大アメフト部 悪質タックル

・はれのひ 成人式に営業中止

・東京医科大 裏口入学・入試不正

・スルガ銀行 シェアハウス不正融資

・自動車メーカー 品質不正

・中央省庁、自治体 障がい者雇用水増し など

 

どれも記憶に新しいですね。最近では厚労省の毎月勤労統計やレオパレスでしょうか。

原因はいろいろあるのでしょうが、そこには人の心理が大きく関係していると考えられま

す。

 

アメリカの社会心理学者ミルグラムは、「本当に人間は、自由意思に基づいて行動してい

るのか?」という疑問について、「アイヒマン実験」を通して考察したことで有名です。

 

実験の概要ですが、「学習と記憶に関する実験」と称した実験に、公募で選ばれた被験者

2名と実験担当者の3名が参加します。

被験者2名はクジ引きで先生役と生徒役に分かれ、生徒役は単語の組み合わせを暗記し、

テストを受けます。生徒役は電気椅子に縛り付けられ、回答を間違えるたびに先生役は罰

として生徒役に電気ショックを与えます(部屋は別々)。先生役は実験担当者から、誤答

のたびに15ボルトずつ電圧を上げるよう指示されます。15ボルトから始まり、最後の

ボタンを押すと450ボルトの高圧電流が流れます。

生徒役は、誤答する(電流が大きくなる)につれ絶叫していきます。340ボルトになる

ともう声は出ません。それでも実験担当者は電圧を上げるよう指示します。

 

この実験、実は生徒役と実験担当者はサクラです。電流も実際は流れていません。でも先

生役はそのことは知りません。

この実験で、40人の先生役のうち26人(65%)が、450ボルトの電気ショックを

与えました。これだけ多くの人が、葛藤や抵抗感を感じながらも、明らかに生命の危険が

懸念されるレベルまで実験を続けてしまったのです。

これは「自分は単なる命令執行者にすぎない」と、実験担当者に責任転嫁しているからだ

と推測できます。(その後、さまざまな国で追試が行われているが、そのほとんどがミル

グラムの実験以上の高い服従率を示している)

 

他方、実験担当者を複数人配置した実験では、ある実験担当者が「生徒が苦しんでいる。

これ以上は危険だ、中止しよう」と言い出し、別の実験担当者が「大丈夫ですよ、続けま

しょう」と促した場合は、それ以上の電圧に進んだ先生役は一人もいませんでした。

 

もしあなたが先生役だったら、どこで実験への協力を拒否するでしょうか。

 

政治哲学者のアーレントは、ホロコースト(ナチスによるユダヤ人大量虐殺)の主導的役

割を果たした人物(これが前述のアイヒマン)が、ただ自分に与えられた任務を回すこと

だけに執心し、思考停止状態になっていたと分析し、「分業」の危険・システムを批判的

に思考することの大切さを説いています。

しかもこのアイヒマンは、ごくごく普通の一般人だったことから、誰にでも同じようなこ

とが起こりえると指摘しています。

 

今回のまとめです。

・悪事をなす主体者の責任が曖昧な状態になればなるほど、人は他者に責任転嫁し、良心

心や自制心の働きは弱くなる(組織において、各自の責任や影響をよく理解させる。分

業は特に注意)

・人が集団で何かやろうとすると、その集団のもつ良心や自制心は働きにくくなる

・自分の良心や自制心を後押ししてくれるような意見や態度があれば、人は「権威への服

従」を止め、良心や自制心に基づいた行動をとることが期待できる(勇気をもって「間

違っているのではないか」と声をあげる)


Vol.55  哲学をマネジメントに活かす①~予告された報酬は逆効果?

 

世の中が複雑になってきているせいなのか、最近、哲学をテーマにした書籍や番組

を見かけることが増えてきた印象があります。一種のブームなのでしょうか。

哲学は難解なものもありますが、知っておいて損はないと思います。そこで今回から、マ

ネジメントに役立ちそうな哲学をご紹介したいと思います。

 

例えば、営業社員に対して「新規開拓1件につき5万円」といったインセンティブ(報酬)

を払うことはよくあります。

このような「○○をしたら○○を与える」といったインセンティブのことを「交換条件付

きインセンティブ」と言います。

交換条件付きインセンティブは、確かに分かりやすいですし、社員のやる気を高める効果

が期待できます。そもそも、一定の成果に対してインセンティブを払わなければ、「やっ

てもやらなくても同じ」となって、優秀な社員が辞めてしまいます。

 

ところが哲学の世界では、アメリカの心理学者エドワード・デシらによるさまざまな実験

結果から、交換条件付きインセンティブには、次のような弊害があるとされています。

・既に面白いと思って取り組んでいる活動に対しての内発的動機づけを低下させる

・パフォーマンスは低下し、予想しうる精神面での損失を最小限に抑えようとしたり、出

 来高払いの発想で行動したりするようになる

・質の高いものを生み出すためにできるだけ努力しようということではなく、最も少ない

 努力で最も多くの報酬を得ようと何でもするようになる

・選択の余地が与えられれば、最も報酬が多くもらえる課題を選ぶようになる

・視野が狭くなったり、創造性や成果が下がったり、コンプライアンスに反しやすくなる

・逆に定型的なルーチンワークは、パフォーマンスが低下する余地が少なく、交換条件付

 きインセンティブが効果的に働く場合がある

 

例えば、自ら進んで勉強している子供に対して、親が「1時間勉強したら30分ゲームを

していいよ」と言うと、子供は「コントロールされている」と感じ、やらされ感でやる気

をなくしてしまったり、目的がゲームにすり替わってしまうことがあります。これと同じ

です。

 

もちろん、個人差があったり、報酬内容によるところもあるかと思います。

経営学の世界では、報酬が個人の創造性を高めるとする学者もいますが、少なくとも「

告された報酬が内発的動機づけを低下させる」というのは、ほぼ決着がついていると言っ

てよいかと思います。

 

更にアメリカの心理学者スキナーは、レバーを押し下げるとエサが出る装置を使って、ネ

ズミがどのような行動をするか実験したことで有名ですが、次について明らかにしていま

す。

・行為は、その行為による報酬が必ず与えられると分かっているときよりも、不確実に与

 えられるときの方がより効果的に強化される

 

人は、不確実なものほどはまりやすいということです。最たるものはギャンブルでしょう

か。

 

 

今回ご紹介した哲学を部下のマネジメントに活かすとすると、例えば次のようなアイデア

があると思います。

・インセンティブはバランスよく払う。(売上だけでなく利益率もみる、個人だけでなく

 グループの成果もみる等)

・インセンティブは“サプライズ”で払う。(表彰制度を利用する等)

・創造性が求められる仕事は、インセンティブを設けない。

・ルーチンワークは、むしろ交換条件付きインセンティブを設ける。(○件できたら○○

 円等) など

 

 

今回のまとめです。

・交換条件付きインセンティブは、さまざまな弊害(パフォーマンスや創造性、成果が低

 下する・視野が狭くなる・倫理に反しやすくなる等)が生じやすい。

・創造性が特段必要とされない定型業務やルーチンワークには、効果的に働く場合がある。

 


Vol.54  タイムマネジメントは仕事の基本~佐々木常夫氏講演

 

先日、佐々木常夫氏の講演を聴く機会がありました。佐々木氏は元東レ役員・東レ経

営研究所社長で、いわゆるプロ経営者です。自身の経験を元にしたビジネス書を何冊か出

版されているため、ご存知の方も多いと思います。

書店でよく拝見するその笑顔の写真の印象とは違って、話し方は実に淡々とされていまし

た。今回は、そのときの内容をご紹介したいと思います。

 

佐々木氏には自閉症の息子さんや精神疾患の奥さんがいて、会社員時代は仕事や転勤生活

の傍ら、長年ご家族の面倒をみるためにかなり苦労されたようです。それが仕事における 

タイムマネジメントの意識につながったようです。

今でこそ世間では、ワークライフバランスとか両立支援とか言い始めた感がありますが、

当時は、そんな認識はほとんど乏しい中での話です。

 

そんな佐々木氏のタイムマネジメントに対する考え方や実際に実践されていたことについ 

て、一部ご紹介します。

・タイムマネジメントとは時間の管理ではなく仕事の管理

・ワークライフバランスは仕事の成果が求められる。生易しいものではない 

・戦略的計画立案は仕事を半減させる

 →部下に仕事の重要度とかけた時間を調査させ、仕事の優先順位や計画性を意識させて

いた。

・仕事は発生したときに品質基準を決める。過剰品質を排除する

 →上司が求める仕事の品質基準や注文について、都度上司に確認していた。

・部下力の強化

 →上司の強みを活かしたり、未経験の部署に異動したときに、社内のその道のプロに聞

いていた。

・プアなイノベーションより優れたイミテーション

 →社内で何か提案する場合、過去の先輩社員の優れたアイデアや資料を活用していた。

・長時間労働は「プロ意識」「想像力」「羞恥心」の欠如

 →想像力とは長時間労働により健康被害を被ること、羞恥心とは結果も出さないのに平

気で残業代を請求すること

・出ない、会わない

 →来客があっても本当に必要な人としか会っていなかった。会っても時間を決めていた。

・会議は最小限に。ミーティングは頻繁に

 →資料はA4一枚にしていた。5~10分程度のミーティングは頻繁にやっていた。

・デッドラインを決めて追い込む

・ビジネスは予測のゲーム。常に予測しフォローアップする

・Eメールは正確、簡潔に。ときにメールより電話

・パレートの法則(重要な仕事は2割)。不要な仕事は捨てる、やらないで済ます など

 

講演は、リーダーシップや部下育成の他、これからの時代にどう生きるかといった哲学的 

な内容にも及びましたが、タイムマネジメントは仕事の基本中の基本であると同時に、ワ

ークライフバランスや生産性向上が叫ばれる中で、より求められるスキルなのだと認識さ

せられました。


Vol.53  経営理念「人を幸せにする」の幸せとは

 

先日、昨年「日本で一番大切にしたい会社大賞」を受賞した「合掌苑」の経営者の講演を 

聴く機会がありました。この会社は、東京で介護事業を営まれています。 

特に印象深かったのは、「幸せ」についての話です。この会社では、経営理念「合掌苑に

関わる全ての人を幸せにする」の中の「人を幸せにする」とは一体何か?ということにつ

いて、徹底的に追求・考察されています。 

そこで今回は、そのときの話をご紹介したいと思います。

 

「あなたにとって『幸せ』って何ですか?」と聞かれたら、皆さんはどう答えますか?

 

「経済的に裕福に生活すること」という人もいれば、「自分の好きなことに没頭できるこ 

と」という人もいれば、「家族と何気ない日常を過ごすこと」という人もいるでしょう。

もちろん、人によっていろいろです。

 

内閣府の調査によると、人が幸せを考える際には、健康状況や家族関係、家計、自由時間 

など色々重視する要素はあるようですが、どれ一つとっても普遍的なものはありません。

生活満足度と1人当たりの実質GDPの相関関係を調べた国の調査結果を見ても、GDP

が伸びている時期であっても生活満足度は全くと言っていいほど変わっていないことが分

かります。

自由時間の長さと幸福の関係についての国の調査結果を見ても、自由時間が7時間未満の 

人が最も幸福度が高く、自由時間の多さと幸福度は決して比例しないことが分かります。

 

だとしたら、(普遍的な)幸せって一体何でしょう。そもそもあるのでしょうか?

 

哲学の世界に「幸福論」というものがあるそうですが、そこには幸福感に影響を与えるこ 

ととして、例えば次について挙げています。幸せを考える上でヒントになりそうです。

①失業はその所得損失以上に幸福感を損ねる。 

②親密な他者との社会的なつながりの多様性と接触の頻度が高い人は、主観的幸福感が高 

  い傾向があるが、つながりの数は主観的幸福感にあまり関係ない。

③ボランティア活動や慈善行為は幸福度に大きく影響する。

④モノを買うことと幸福感とは相関性がない。

⑤自分のためにお金を使うよりも、他人のために使った方が幸福感は高い。

⑥感謝は物欲を低下させ、幸福感を高める効果がある。

⑦多様な選択肢がある場合に「常に最良の選択を追求する人」よりも「そこそこで満足す

  る人」のほうが幸福な傾向がある。

 

いかがですか?確かにその通りだなと納得させられます。

 

その上で、合掌苑では特に次のことを意識したり実行されています。 

・幸せとは運不運や他者との比較で決まるものではなく、幸せになるためには次の「幸せ

4因子」の気持ちをもって行動し、自律することが大切。

①自己実現と成長→「やってみよう」という気持ち

②つながりと感謝→「ありがとう」という気持ち

③前向きと楽観→「なんとかなる」という気持ち

④独立とマイペース→「自分らしく」という気持ち

・「ありがとう」の反対は「当たり前」。職場で、いかに当たり前の気持ちを無くし、あ

りがとうの感謝の気持ちをもてるようにするかが大切。そのためにサンクスカードを実

施している。 

・採用時や誕生月などの社員研修で、社長自ら理念について語っている。

・フィロソフィー手帳を作成し、毎日社員に理念について考えさせている。ただ読むだけ

ではダメで、毎日1つ取り上げ質問し考えさせている。

・社長自ら全社員と面談している。社員数が多いため「スカイプ」を使っているが、実に

月70回ほどに及ぶ。

・コミュニケーションのおかげで離職率はかなり低く、今はスタッフやハローワークから 

の紹介で人が採れる。

 

大賞を受賞する会社だけあって、「幸せ」とは何かをとことん追求・考察し、それを実現 

すべく経営されています。

普段の業務やセミナーなどで、軽々しく「社員の幸せを~」と語っていた自分がちょっと

恥ずかしくなりました。幸せとは何か、深く考えさせられた次第です。


Vol.52  アサーティブなコミュニケーション③~個人プレーしがちな部下を指導する

 

今回も引き続いてアサーションについて取り上げます。 

おさらいですが、アサーションとは、相手を尊重しつつ、自分の意見や要求、感情を率直

に・誠実に・対等に伝えるコミュニケーションの技法です。

アサーティブな表現ができると、一方的になったり、言葉をのみ込んだりすることなく、

本当に伝えたいことが適切に伝わるようになります。

 

では今回もいきなりですが、次のようなケースでは、あなたは①~④のうちどれに近い対 

応をしますか?

 

あなたは職場のチームリーダー。最近、部下が10名に増えたこともあって、目の届かな 

いときもあり、サブリーダーのAさんに、もっと若手の仕事のフォローをしてもらいたい

と思っています。

しかしAさんは、有能な割に非常にマイペースで、いつも自分の仕事だけに集中している

ことがずっと気になっています。

 

①「Aさんはいつもマイペースだよね。もう少しチームのことを考えて仕事をしたらどう 

なの!」と感情的に言う。

②「Aさんのマイペースぶりは、何を言っても変わらないだろう…だから我慢して今まで

通り一人でやるか」と考えて、何も言わない。

③「サブリーダーって責任も軽くて、自分本位で仕事ができていい立場だよな」とAさん

に聞こえるように言う。

④「最近部下が増えてから、自分だけでは新人のフォローができないときがあり、実は困

っているんだ」とAさんに言う。

 

①は「おこりキャラ」、②は「ひるみキャラ」、③は「いやみキャラ」、④は「さわやか 

キャラ」です。

この①~④のそれぞれのキャラを、誰しもが持っています。その時々の場面や相手との関

係性などにより、いろんなキャラになるわけです。

①~③のキャラが全くダメというわけではありませんが、アサーティブなコミュニケーシ

ョンには、④のキャラが欠かせません。

 

先ほどの④の対応は、例えば全体的にこんな感じになります。 

「Aさん、大事な話があるんだけど、少し時間いいかな。

実は最近困っていることがあるんだ。それは、最近部下が増えてから、自分だけでは新人

のフォローができないときがあり困っている。

もちろん、Aさんも自分の仕事を抱えて大変なのはよく理解している。でもAさんは仕事

が有能だし、経験も豊かだから、チームへの影響力は大きいと思っている。

だから、これからは空いた時間で構わないので、1日1回、新人3人の仕事の進捗具合の 

確認とアドバイスをしてもらえると助かるんだ。

一緒にチームを盛り上げていきたいんだ。どうだろう?」

 

これがアサーティブなコミュニケーションの一例です。 

ポイントは、

 

話の切り出し方に気をつける 

上の例では、「大事な話があるんだけど、少し時間いいかな」というところになります。

話の切り出しにこのような言葉を入れることで、相手への配慮を見せると同時に、相手は

「聞く姿勢」になり、いきなり本題に入るよりもスムーズに話を聞いてもらいやすくなり

ます。

 

困っていることを正直に伝える 

最近部下が増えてから、自分だけでは新人のフォローができないときがあり困っている

というところになります。

自分の気持ちを正直に開示することで、相手も心を開いてくれやすくなります。

 

相手の立場や状況を理解する 

Aさんも自分の仕事を抱えて大変なのはよく理解している」というところになります。

つい、相手には相手の立場や考えがあることを忘れがちです。相手の気持ちを代弁するこ

とで、スムーズに話を聞いてもらいやすくなります。

 

相手を尊重する

Aさんは仕事が有能だし、経験も豊かだから、チームへの影響力は大きいと思っている

というところになります。

相手を尊重する姿勢で臨むことが、話をスムーズに進める上で大切になります。

 

具体的な提案をする 

空いた時間で構わないので、1日1回、新人3人の仕事の進捗具合の確認とアドバイス

をしてもらえると助かるんだ」というところになります。

実現可能な提案をしつつ、「協力してもらえると助かる」といったスタンスで臨むことで、

相手も受け入れやすくなります。

 

いかがでしょうか。 

会社・組織で働く以上、チームプレーは大切なのは当然ですが、中には個人プレーに走り

がちな部下もいます。そんな部下を見ていると「いつもマイペースだよな」とレッテル貼 

りや決めつけをしがちですが、それは厳禁。相手は相手なりの考えや状況があるかもしれ

ません。また部下であっても対等な人間です。

そんなときは、①~⑤を意識した「さわやかキャラ」でいきましょう。

 

今回のまとめです。 

・アサーティブとは、自分も相手も尊重しながら自己主張し対話するコミュニケーション

の方法をいう。

・個人プレーしがちな部下には、例えば次について意識して指導する。

 ①話の切り出し方に気をつける ②困っていることを正直に伝える 

③相手の立場や状況を理解する ④相手を尊重する ⑤具体的な提案をする

 


Vol.51  アサーティブなコミュニケーション①~ベテラン社員へ指導する

 

今回は、前回に引き続いてアサーションについて取り上げます。 

おさらいですが、アサーションとは、相手を尊重しつつ、自分の意見や要求、感情を率直

に・誠実に・対等に伝えるコミュニケーションの技法です。

アサーティブな表現ができると、一方的になったり、言葉をのみ込んだりすることなく、

本当に伝えたいことが適切に伝わるようになります。

 

では前回同様いきなりですが、次のようなケースでは、あなたは①~④のうちどれに近い 

対応をしますか?

 

あなたは現場責任者(グループリーダー)。最近、現場の作業ルールが変わったのですが 

(作業前のチェックリストをつけることになったのですが)、ベテラン社員で職人肌の強

いAさんが、これまでのやり方を変えようとしません。

「新しいルールを守って下さい」と伝えても反発され困っています。

 

①「何度言ったら分かるのですか!Aさんが守ってくれないと示しがつかないのですよ!」 

と怒る。

②「Aさんは何度言っても聞く耳をもたないし…これ以上言ってもしょうがないな」と考

えて、何も言わない。

③「これだから年寄りは扱いづらくて困るよ」とAさんに聞こえるように言う。

④「Aさんがこれまでのやり方でもミスをしないことは分かっているのですが、若手がA

さんを見てチェックリストを放置して困っています」と言う。

 

①は「おこりキャラ」、②は「ひるみキャラ」、③は「いやみキャラ」、④は「さわやか 

キャラ」です。

この①~④のそれぞれのキャラを、誰しもが持っています。その時々の場面や相手との関

係性などにより、いろんなキャラになるわけです。 

①~③のキャラが全くダメというわけではありませんが、アサーティブなコミュニケーシ

ョンには、④のキャラが欠かせません。

 

先ほどの④の対応は、例えば全体的にこんな感じになります。 

「Aさん、言いづらいことですが大事な話なので、時間をとってもらっていいですか。

Aさんがこれまでのやり方でもミスをしないことは分かっているのですが、若手がAさん

を見てチェックリストを放置しています。

この件、私ももっと早くお話しすべきでした。影響力があるAさんには、若手の手本とな

ってルールを守るようお願いしたいのです。今後は私も若手のフォローをしっかりやりま

すので、ぜひご協力をお願いします」

 

これがアサーティブなコミュニケーションの一例です。 

ポイントは、

「言いづらい」ことを正直に伝える

上の例では、「言いづらいことですが大事な話なので、時間をとってもらっていいですか」

というところになります。

言いづらいことを切り出すときは、いきなり本題に入らず、自分の気持ちを正直に開示す

ると落ち着いて話を始めやすくなります。気持ちを開示することで、相手も耳を傾けやす 

くなります。

 

相手を尊重する 

Aさんがこれまでのやり方でもミスをしないことは分かっているのですが影響力があ

るAさんには~」というところになります。

ベテラン社員の中には、年下から指導されると「年下のくせに」と反発する人もいるため、

相手を尊重する姿勢で臨むことが大切になります。

 

問題点を客観的に伝える 

上の例では、「若手がAさんを見てチェックリストを放置しています」というところにな

ります。

周囲への悪影響を正しく理解してもらうために、実際に起こっている問題点や懸念を客観

的に説明することが必要です。

 

自分の責任も認める 

上の例では「この件、私ももっと早くお話すべきでした」というところになります。

相手だけが「悪者」とは言い切れない場合、自分の責任も認めそれを誠実に表現すると、

対等で率直な話し合いを進めやすくなります。

 

協力をお願いする 

上の例では「ぜひご協力をお願いします」というところになります。

相手には相手なりの考えや思いがあります。「協力を求める」スタンスで臨むことで、話

し合いをスムーズに進めやすくなります。

 

いかがでしょうか。 

人手不足もあって、シニア層を雇用する傾向が一段と強くなっている中、「部下がベテラ

ンや年上」といったケースが増え、年下上司としてどのように接していいか分からないと

いった話をよく聞きます。

ベテラン社員を指導する場合は、①~⑤を意識した「さわやかキャラ」でいきましょう。

「注意してやろう」「指導しなくては」というスタンスで臨むと、反発や対立を生みやす

くなります。

 

今回のまとめです。 

・アサーティブとは、自分も相手も尊重しながら自己主張し対話するコミュニケーション

の方法をいう。

・ベテラン社員を指導する場合は、例えば次について意識する。

 ①「言いづらい」ことを正直に伝える ②相手を尊重する ③問題点を客観的に伝える

④自分の責任も認める ⑤協力をお願いする